王であるキリスト
2015年11月22日
新潟教会

　2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生したいわゆる『同時多発テロ』を一つの契機として、『テロとの戦い』という言葉が普通に聞かれるようになりました。一般に想起する『戦争』とは、国家と国家の武力衝突、正規の軍隊同士のぶつかりあいのような事態でしょう。しかし『テロとの戦い』は、一方の当事者が国家であることに変わりはないものの、戦う相手方が、いってみれば得体の知れない暴力的武装集団である。その意味で、かつてのような『戦争』とは中身が異なっています。
　もっとも、かつてわたしが働いていたアフリカでは、50年代末から60年代の植民地からの独立時代を経て、その後70年代から80年代へと各地で内戦が勃発して今に至っているのですが、そういった内戦は、やはり国家と武装集団との戦いです。そういった戦いが、いまや世界的な規模にまで発展してしまったのが、現在の状況であろうと思います。

　悲しいことに、数日前には100人をはるかに超える方々がその生命を暴力的に奪われるテロ事件が、フランスで発生しました。こういった事態を引き起こしたさまざまな背景や、これまでの歴史的な推移も遠因として考慮しなくてはならないのは当然ですが、たとえそうであっても、神が与えられた尊いたまものである生命を、人間が勝手に、しかも暴力的に奪う行為は許されるものではありません。暴力の当事者はその行為を正当化する理由を縷々述べていますが、人間の生命というもっとも大切な価値の前では、その目的がどのように正当に見えたとしても、それを持って手段を正当化することは出来ません。もちろん武力紛争に限らず、あらゆる場面において、人間の勝手な都合で生命を奪う行為を教会は厳しく批判して来ました。今回のテロ事件で、理不尽な理由で生命を奪われた多くの方々が、神の御手の中で永遠の安息を得られるように祈りましょう。また、負傷された多くの方々の一日も早い回復も祈りたいと思います。
　今回の事件に関して教皇様は直後のインタビューで、「どうして人間の心がこれほどまで恐ろしい事件を計画し、実行できるのでしょうか」と驚きと悲しみを表明され、その上で「暴力と憎しみの道は、人間の問題を解決できませんし、神の名によってこの道を正当化することは冒涜です」と指摘されています。

　暴力に対抗して報復の暴力を行使することは、一時的な解決をもたらしはするでしょう。なぜなら、このような大規模な暴力行為を実行するためには、資金も組織も道具も、そして何より人手が必要ですから、そういったものを根こそぎ奪ってしまえば、テロ行為は確かに止むことでしょう。しかしそれは、一時的な対症療法でしかないのではないか。人の心に刻まれる憎しみの心は、武力ではコントロールできない。それが歴史の教訓です。報復は憎しみの負の連鎖を、さらに深めてしまうだけではないのかと思います。
　確かに、こういったテロ事件が起こる背景には、先進諸国のこれまでの途上国に対する負の歴史があることは否めないでしょうし、パリで起こったようなことは中東ではいつも起きていることだという指摘も事実でしょう。
　わたしは、今回の出来事を通じて、単にパリの市民を襲撃したテロリストへの憎しみを強めて復讐を誓うのではなくて、そのすさまじく非道なテロ事件そのものから、暴力的に人間の生命を奪い去ることがどれほど神の願いに、神の思いに反した愚かな行為であるのかを、多くの人が感じ取ることが重要であろうと思います。すなわち、フランスであれ、中東であれ、アフリカであれ、世界のどこであっても、暴力的に武力を行使して人間の生命を奪い去ることは、この生命を尊いたまものとしてわたしたちに与えてくださった神に対する大きな逆らいであることを、わたしたちは学ぶことが大切であろうと思います。

　本日朗読されたヨハネによる福音の中に記されたイエスの姿、わたしたちの王であり世界の王であるイエスの姿は、差し迫る人間としての生命の危機の前にして、毅然として態度でぶれることなく『真理』を語る姿でした。その「王」の身を護るために部下が戦いを仕掛けるような国、それは神の国ではないとイエスは語っておられます。またダニエルの預言にあるとおり、神の支配は、「諸国、諸族、諸言語の民」に及び、世界中はすべて、神の真理によって満たされはずです。その神の真理とはどこにあるのか。それは、すべての人への愛のために、自らの血をもって、すなわち十字架における死をもって、わたしたちすべてを罪から解放された方が、その恵みと平和をもってすべての支配している、そこにこそ真理があるとヨハネの黙示は教えています。

　愚かにも互いの生命を奪い合い、利己的な野心や欲望に突き動かされて争いを続ける人間に対して、神はそれでもこの不出来な我々を闇に捨て置くことなく、それでも愛し続けられて、その愚かな罪のすべてを赦すために自らをささげられた。わたしたちの愚かさのすべてを背負って、十字架の上に身をささげられた。この世の権力者は、自分ではなく誰かの生命や、誰かの苦しみをもって、何かを成し遂げようとするのでしょうが、しかし真理の王は、それをまったく否定し、反対に自らが進んで苦しみを背負い、すべての人を愛し抜かれる。そのことを考えるだけで、現代社会に生きる人間が、どれほど神の目の前に愚かなことばかりを繰り返しているのかがはっきりと見えてきます。
　ましてや、そのような愚かな行為をすべて否定されている神の、その名前を用いて行うなど、ありえないことです。多くの善意のイスラム教を信じる人々を含め、世界中の宗教に生きる人たちが、神の名のもとに行われる暴力に心を痛めていることだと思います。

　神がすべての支配者だと信じるわたしたちは、神が望まれる世界の構築を目指して行かなくてはなりません。神が望んでおられるのは神の真理が支配する国、すなわち神の秩序が完全に実現している世界です。それこそが本当の意味での平和な国ではないでしょうか。真理の王によって支配される神の国の実現のために、福音の言葉に生きる努力を続けて参りましょう。

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